• 2017.06.21 Wednesday
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 音楽が無くても生きていけるよーっていう人っているんですね。
携帯音楽プレーヤーも持たないorその機能を使わない。
家に帰っても音楽を聴こうと思ってCDをかけたりしない。
そんな人が世の中にはいるんですよ。俺にとってはその人の世界って
ちょっと想像つかないんだけれども。

 朝起きたらとりあえずiPhoneアプリのTune in radioでJazz24を選んで、
ジャズを垂れ流しながら出かける準備をし、
電車に揺られながらイヤホンからはランダム再生のロックバンド。
昼飯食いながらブルース聴いて、
家帰ってからまたジャズを垂れ流す。

 音楽を中心にして生活しているわけではないんだけれども、
音楽が無ければ確実に生活の8割は味気なくなるであろうこと間違いなし。
一体全体、どうやったら音楽無しで生きていけるのだろうか!?
不思議すぎて鼻毛伸びそう。

 で。上記でも書きましたTune in Radio。海外のラジオ番組とかも
ストリーミングで聴けちゃうイカしたアプリでございまして。
なんとタダ。タダより高いものは無いというけれども、
こればっかりはお得感バリバリですよ。
ジャズなんてレコード買った事もCD買ったこともないから
絶対わかんないだろうなーと思ってたら、
意外とグレン・ミラーオーケストラとかコルトレーンとか
あ、聴いたことある!って曲あるもんでね。
なかなか楽しいです。ビートルズ専門チャンネルとかあったりしてね。
あと海外のラジオってMCが殆どない。ずーっと曲流している。
すごく良い。

 興味のあるかたはぜひ!


 先ほどから書いては消し、消しては書きの繰り返しである。
そもそもが日記みたいな使い方をしていなかっただけに、
「今日はこんなことがあってとってもハッピーだったよ!」
みたいな内容がかけない。いまさら。
や、書けないと決め付けるのはよろしくないのではなかろうか。
変革とは大勢を変えうる強い力を以ってしてのみ成功するではないか。
現状を打破するには、今まで嫌っていた視点からドンドコ攻めねばならぬ。
ブリーフが嫌だ嫌だと言っていても、
オジイサンになるとブリーフにならざるを得ないではないか。
中学生がトランクスに憧れるように、俺だってスラスラ書いてみたい!!
久しぶりに昂ぶってしまって何書いてんのか自分でもよくわからない!!

 さて。今日の事である。何から話そうか。。

 今日もそうだったのだが、仕事が休みの日って何もないよね。。
子供のときって休みの日っつったらほら、いろいろあるじゃないですか。
やれ映画だゲーセンだポケモンだって。ポケモン・・・?したかなぁ・・・
ともかくそんな感じで金もかかるわ時間もかかるわで大変なわけだったじゃないですか、
子供のころの休日って。
でもその代わり、極彩色でキラキラしていた気がするんですよね。

 大人になっちまった今。休日はどんより曇った空のような感じである。
週5の疲れを癒すために泥のように眠るか、体調は万全でも友人と休みが合わず、
一人家でボンヤリしているか。。。
大人ってつまんないよね・・・。
いや、つまんないのは自分自身だろう。日々を面白くしなきゃいけない。
そんなことはそれこそこのブログを始めた当初からずーっと解っていた事だけれども、
そうそう上手くいかないのが人生だよね。
ふむ!


 カセットテープを漁っていたところ、
中学生くらいの頃から録りためていたスタジオ音源が出てきた。
ギターを持ち始めた頃からの音源である。青い青い。初期衝動かどうかも判らん。
あぁそういやこんな曲作っていたなぁとか思ったり、
当時通いつめていた堀留町のスタジオを思い出したり。
そこから大学の最初の頃まで、どうやらスタジオ録音にはテープを使っていたらしい。
一度しか組まなかった妙なバンドとかの音源も残っていて、
手前味噌ながら俺ってあの頃結構ギター上手かったんじゃなかろうか
なんつースッカスカのフェイスでニヤニヤしていたのだけれど、
Hawaian6の「Eternal Wish, Twinkle Star」のアウトロでキレーなアレンジしてたり
その時はもう全く覚えていないのだけれど、今聴いてみると
「おぉー。やるじゃん当時の俺。」
とかフムフム言っちゃうのだ。

 スタジオ音源だけではなく、自宅で録音した曲の断片のようなものも見つかった。
あの頃は無い頭捏ね繰り回してウンウン言いながら書いていたのだけれど、
その甲斐あってか、「あ、これちゃんと作ってみたいなぁ」と思うような曲もあるのだ。
あんなに必死こいて書いた割には恥ずかしくてメンバーには発表せず
「ごめん!来週には作ってくるから!」
とか言いながら、表に出さないだけでいっぱい書いていたようで。
でもそんなに頑張って書いたのに、掘り出すまで思い出せなかったんだねぇ。
Lucyやってた頃に思い出せてればなぁと思うのだ。

 そんな昔話で今日はおわり。


 夜の散歩を犬とする。
先日後ろ足を怪我したらしく、ヨチヨチてくてく付いてくる駄犬。
ちっちゃい頃を思い出してちょっと可愛いなぁとか思うが、
それでもコイツのウンコは臭いのだ。うーん。

 今日は月が鼻血出るかと思うほど綺麗である。
よく考えるとすげぇなと思うのだ。太陽光の反射だけで
あんなにテッカテカと輝くものなのか。あいつ実は発光してんじゃなかろうか。
すげぇ眩しいもの。いや、月じゃなくて太陽が凄いのか。さすがサン。

 ボーっと見ていたが、どう考えてもウサギが餅ついてるようにゃ見えない。
ベートーベンの月光も似合わない。ムーンライトソナタっていうけど
あれバイオハザードのイメージが強すぎて無理だ。怖い怖い。

 そんなことをボンヤリ考えている俺の横で
我が家の犬は伸びすぎた公園の夏草をハムハムと食っていました。
牛かてめぇは。

 いまだリハビリ中ですいませんね。


 初夏といって良いのだろうか。バイトを終えて店を出た時に
モワッと全身を包み込む熱気に「うおぉ。熱帯夜じゃん」とか思って
ちょっとウッハウハになったのだけれど、いやここで浮かれたらダメなのよ。
「このまんまいくと9月にはもう涼しくなってんだろな」
とか油断しちゃうと、9月になってから西日レーザーにコンガリされちゃうのだ。

 アチィアチィと思っていても、夏はこれからなのだ。
太陽は更に天高く昇り、入道雲はニョキニョキと育ち、
オッサン達は更にオイリーになり、ギャルはどんどんホットパンツ。
どうだい夏。みんな好きかい夏。俺は好きさ夏。だってホットパンツだもの。

 いや、ホットパンツというよりあれだ。
夏ってのはじっとしているだけでもダラッダラ汗が出てくる。
スポーツマンみたいなサワヤカ野郎ではないのだけれど、
汗をかくのは好きなのだ。真夏日の日中、とめどなく流れてくる汗を感じると
なんだか生きている実感が持てる気がする。汗って素晴らしいな!

 というわけだが、なんだこりゃ。久しぶりに書いたら勝手が解らない。
しばらくこんな感じだと思うのだけれど、リハビリだと思っていてくれると
ありがたビックリです。

 あーもう寝よ寝よ。


 「サラダ味」というのがある。
サラダ煎餅とかのサラダ味である。
ベジタブルなフレイヴァーが全く感じられないあれが
なぜサラダ味と呼ばれているのか。

 洋食のステータスが今よりも遥かに高かった頃、
普通に焼いて塩味を付けた煎餅に対して、ちょっとセレブ感を出そうと
焼いた後に舶来のサラダ油を塗って、それに塩をまぶしたそうだ。
サラダ油使っているから「サラダ味」
サラダ油自体に味なんて殆どないと思うので、何だか騙された気分である。
サラダサラダ書きまくっていたらサナダムシを連想してしまい、
結局焼きたて煎餅にサナダムシを巻きつけて塩をかけたものを食うという
何だか胃に悪い感じの想像をしてしまった。

 なぜ急にサラダ味の話を始めたのかというと、
今日の昼ごろのことである。デパートの洋食屋さんで、あるメニューを目にした。
「さくらケーキ」
というのがそのメニューである。

 桜から生る「桜んぼ」ではなく、「さくら味」である。
これまた異なものを発見してしまった。
いや、「さくら味」がどういうものかは解る。
桜の蜜の甘みと、仄かな苦味、少しの青臭さを混ぜたような
そんな味である。確か。
でも、桜自体には葉にも木にも味は無い。無いというか苦味が多い。
にも関わらず、あんなに爽やかな甘みを現出させるのはなぜか。
作り手も受け手も、それを「さくら味」と認識するのはなぜなのか。

 さくら味といわれて視覚的に思いつくのは、桜の花びらの淡い桃色だろう。
あの淡い桃色は、そのまま「さくら味」の淡い甘さに直結すると思うのだ。
視覚から味覚へと想像力を働かせてしまったがための「さくら味」
なんか人間の想像力ってゴイスーだなぁと思いつつ、
今日は不真面目なことは書かずにドロン。



 最近知り合いになった人が、小学校時代の友人にそっくりである。
キミシマくんというのがその小学校時代の友人だったのだが、
一度だけ、彼と大喧嘩をしたことがある。

 ガキたれといえば喧嘩、というのが世間の常識だと思うのだが、
俺は喧嘩というものをあまりしなかった。
小学校1年から、あまり目立たないながらも常にニコニコしているような
そんな男児だったのだが、3年に上がるころにはアグレッシヴになり、
国語や道徳の授業で先生に指されると、勝手に一人芝居を始めるような子供だった。
父兄授業参観の時にもその一人芝居はやっていたのだが、
当時の俺は「ッシャ!ウケてるウケてる!」と一人ハッスルしていた。
今考えてみると、先生も両親もきっと苦笑いで、内心頭を抱えていたに違いない。

 何の因果か児童会長になり、小学校全学年の長となったのだが、
成績はそれに伴わず、ただ単に年齢にあわぬ老けた外見が原因だったのだろう。
妖怪扱いされてイジメを受けたこともあるが、イジメっ子とも仲直りし、
小学生時代はかなり仲のいい友人関係を築けた。

 キミシマくんはクラスの級長をしており、成績はもちろん、
運動神経も容姿もグンバツチカチカの好少年だった。
単に頭がいいだけでなく、ウィットにも飛んだ人物で、話していて楽しい人間であった。

 ところで、ウチのクラスにはミョージョーくん(仇名は勿論「チャルメラ」)
という男児がいたのだが、背は低く、少し変わった容姿をしていて、
よくイジられていた。たまに行き過ぎてイジメにもなっていたのだが、
チャル本人はあまり気にかけず、塞ぎ込む事もなく歯向かっていたので
当人にとっては少々刺激のありすぎる小学校生活だったのだろう。

 そんなチャルだが、一度だけキミシマくんが調子に乗りすぎてしまい、
チャルの黄色帽子(登下校時に被るやつ)を放課後にわたるまで隠し続けたことがあった。
俺はいらん正義感を発揮し、空気も読めずチャルの為にと思って
キミシマくんを追いかけ、ついに下駄箱で彼をとっ捕まえて床に殴り倒し、
「チャルの帽子出せよ!」と彼に詰め寄ったのだった。
チャルはその間どうしていたのかというと、素直に家に帰っていたと思われる。

 どうやって仲直りをしたのかは忘れたが、キミシマくんと喧嘩したのは
後にも先にもその一回だけだった。動機が不純だったのか、その喧嘩は
尻切れトンボで終わってしまったのだが、卒業後は音沙汰がない。

 いまごろどうしてんのかなぁ、キミちゃん。。


 4月になった。ということはあれだ。2011年度である。
平成23年度である。…23だったっけ?公的書類に記入するとき、
「あれ?今年って平成何年だっけ?そういえば西暦も何年だっけ?」
みたいなことになるここ最近。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
年をとるということは即ち、自分の中で情報量がズンドコ増えていくことであり、
そうなってくると今年が何年で中学卒業が何年でとか
もう電卓とメモ帳を傍らに置いておかないと判じられなくなってしまうのだ。

 26歳である。30の大台まであと4年。
マヤ暦が終わるのが2020年の3月20だそうなので、
おおよそあと9年で世界は滅亡するのだと考えてみると
ちょっと生き急ぐ必要がある気がしてくるから不思議だ。
大体あと9年で世界がどうなるっつーんだよ。と鼻くそほじっていたら
今日テレビでやっていた。オリオン座の超新星爆発が地球に多大な影響を与えるそうだ。
といってもオリオン座の超新星なんて地球から何光年離れているかわからん。
今更ジタバタしたところで、もし超新星が爆発しているのならどうしようもない。
今見えているオリオン座の光だって、何万年だかなんだか、はるか昔の光なのだ。
9年後に超新星爆発ドーン!だとしても、今現在その超新星は既に爆発しているのだろう。
どーしようもない。

 話は変わるが、最近というか少し前から、我が家の犬がおかしい。
毎晩、夜の10時半くらいに小便をさせに外へ連れ出すのだが、
我が家の犬は度々立ち止まり、真っ暗な道路の向こうをにらみつける。
まれに「ウォッフ」と微妙に吼えたりする。目を凝らしても眼鏡をかけても
夜の暗闇には何もいない。写真を撮ってみたところで写るのは夜の住宅街のみ。
一体彼には何が見えているというのか。オバケコワイネ。

 我が家に隣接している児童公園には、旧日本陸軍の高架橋跡がある。
軍需工場に物資を運ぶための路線だったのだが、そこに宿る幽霊さんだろうか。
うーむ恐怖。



 最早「一日一記事」を旨としてこのブログを続けていくことは不可能である。
何だかんだで空けてしまった数週間分の記事を書こうとしたら
きっと俺の脳ミソはエマージェンシーイグジットをしちまう。
ボシュッとかいう小気味良い音と同時に地面と垂直に飛び上がる俺の脳ミソ。
想像するだにエグい。
 というわけでまたしても不定期更新に陥ってしまったのだが、
開き直って書かないよりはまだマシなのではないだろうか。

 ニュージーランド地震にて。
日本人の死者数を予想してギャンブルをしているヤツがいるという話を
週刊新潮か何かで目にした。
侮蔑の言葉をどれだけ並べ立てようと心穏かになることはない。
不謹慎だとか、人間のクズだとか、そんな生温い言葉じゃなくて、
まだ誰も考え付いたことのない、その言葉を浴びせられたら
苦悶の上に全身の毛がバサバサと抜けて、毛穴から血を噴き出しながら死ぬレベルの
そんな言葉を浴びせかけて、ようやく心のバランスが取れそうなぐらいだ。
それって魔法じゃないかしらん。ザキ系の。

 悲劇は当事者以外にとっては喜劇になりうると思うのだ。
あまりにも凄惨すぎる光景がテレビ画面に映り、
途方に暮れる人や嗚咽を漏らす人や、諦観の表情で立ち尽くす人。
立場が弱い者を笑うという行為は、人が生きていく上で必然で、
そうでなければきっと心は折れてしまうだろう。
良い悪いじゃなくて、そういう「現象」なのだ。

 だけど、だからこそ理性を持っているホモ・サピエンスは
笑っていい状況かそうでないかを判断すべきなのに、
見境なくすべてを祭りにするヤツがいる。
解っていて祭りにしてしまうヤツもいれば、
その気がなくても祭りに加担しちゃってるヤツもいる。

 東北の地震にしたってそうじゃないのか。
 真偽の曖昧な情報がネットにはあふれている。
さすがに現状の被災地に単身で乗り込んでいって
何かしようなんてヤツはいないだろうけど、
今、単なるパンピーが行ったところで被災者が一人増えるだけだろう。
阪神大震災の時にボランティアの女性が強姦された事例もあれば
逆にボランティアが輸送ルートを塞いで物資が流通しなかった事例もある。
プロである自衛隊と消防が必死にやってくれているのだ。
ボランティアの活動する余地はもう少し後だと思う。

 援助の気持ちは持って然るべき。
だけど、とにかく何でもかんでもじゃなくて
本当にそれが必要なのか、冷静に見極めることも同時にしないと
それは援助じゃなくて「祭り」になっちまうわな。
と思ったのでした。


 さぁ書くぞ。

 誕生日プレゼントに煙草をカートンで買ってくれた友人がいた。
かつて通っていた大学近くの居酒屋に疲労の滲む顔で現れた彼は、
「はい、誕生日プレゼント」
とさりげなく言って、その場にいた俺と俺の数日後に誕生日だった友人に
煙草のカートンをドスッとくれたのだった。

 真綿で絞めるような値上がり措置によって、今や俺が吸う煙草は
一箱460円もする。カートンで買うと4,600円もするのだ。
おいそれと買える値段ではなくなってしまった。
いい年した大人が五千円程度ポンと出せないのもなんだかなぁって感じだが。

 思わぬ幸運に一気にテンションを上げたのだが、袋を開けて言葉に詰まった。
俺が吸っているのはアメリカンスピリット・ライトフィルターである。
黄色のパッケージが鮮やかなインディアンシガレット。
袋の中に入っていたのは、アメリカンスピリットではあったのだが
メンソールフィルターだったのだ。
因みにだが俺はメンソールが吸えない。痰がアホみたいに出てしまうのだ。

 おっとぉー。と思いながらも、折角買ってきた友人に
「あの、銘柄違うんだ。惜しいなぁ」なんて言える筈もなく、
物品よりも気持ちを貰うという、本来あるべきプレゼントのカタチを
図らずも身をもって体験したのだった。

 メンソールの煙草は2本吸ってみた。根元まで吸ってみたのだが、
やはり体に合わない。うーんこれは非常に申し訳ないことをした。
そう思いながら、一箱空いたカートンは俺の机の上にある。
いずれ金欠すぎてしょうがない時に、背に腹は代えられずに利用するのだろう。

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