• 2017.06.21 Wednesday
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 毎回タイトル全然関係ない。

 仕事の時間帯が昼〜夜中なせいで、生活リズムは完全に深夜型である。
夜型ぶっちぎって深夜型である。
でもね、考えてみたら大学時代から深夜の方が活動していたと思うの。
ただ、講義があったから9時とかから起きていたけれども、
大体夜になると酒飲むじゃあないですか。酒飲んだらあなた、終電逃がすじゃないですか。
で、始発までは飲まなきゃならないじゃないですか。
ろくすっぽ寝ずに講義に出る(フリ)じゃないですか。

 思い出せないんだけれどもいつ寝てたんだろうか。
部室に持ち込んだ腐りかけの煎餅布団で身体中痛めながら寝ていた気もしますが、
なんだかよく覚えてない。

 あのころから考えると、きちっと睡眠時間取らなきゃ活動できない現状は
やっぱり齢食ったんだなぁと思いますよ。

 先日、LucyPeatGliderのスタジオに久しぶり(年々振りだ!?)に入ったんですが、
煙草休憩の間、自然と虫歯やら何やらと身体の話になっておりまして。
よく言うじゃないですか。「齢を取るほど身体の具合の話になる」って。
それをフッと思い出しまして、思わず笑っちまいましたよ。

 齢は取りたくないね、って話でした。
うわつまんねぇこの記事!すいませんね。リハビリだと思って。

 ¥
 教習所は諦めまして。
元来、興味が無い事に対してはオバケでた時の血の気よりもスーッとヤル気が失せるのですが、
まー今回もご他聞にもれず、「なんか別にいらねぇしもういっか。。」
みたいになっちゃったんですよね。
イカンなーとは思いつつ、でも緊急事態には車運転できる資質は手に入れた訳で。

 車の免許ってATとMTあるじゃないですか。
今はもう市販の車がATばっかだもんだから、AT限定で取る人の方が多いですわな。
MTなんてあんなクラッチだエンストだギャーギャーいいながら車乗るなんて
マッピラごめんザマス!って人の方が多いものね。
かくいう俺もMTなんてしょっちゅうエンストしてガタコンガタコンと
まるで旧世代の列車のような運転するんだろうなーと。
坂道発進では「免許がない!」ばりの全力後退しちゃうんだろうな、と思っていたんですが、
そーでもないのよあれ。

 考えてみれば、俺らのチチハハ世代はMT車で生活していたわけで、
そんな頻繁にガタコン&リバースする乗り物にン十万だかン百万出して
わざわざ運転しようなんて思わんものね。

 でも運転技術的にはATの方が断然ラクなわけですよ。
しかも実際に免許取って乗る車って当然ATなわけで。
じゃあなんで俺はMT免許で教習受けてんのかというと、
あれです。よくゾンビ映画とかである、車で脱出するシーン。
あの時にもし車がMT車で、自分がAT免許しか無かったら。

 いやふざけちゃいけないね。
でもそんな感じの理由ですよ。キー捻ってギア入れてブレーキから足離せば
誰だって運転できちゃうAT車よりかは
どーにかこうにかして自分で全部やるMT車の方が、やってて楽しいかなーと。

 てか、何でしょうかね。久しぶりに書いたと思ったらなんて内容だい。
最近ですね。ここのリンクにもあるmatsuzawaさんのブログを
一から読み返してるんです。最近は更新されていないので、
過去のヤツをズラーっと。
他人のブログ見ていると自分もやりたくなるっていう、
ブログフィーバー黎明期のような。そんな感覚になりまして、
じゃあ久しぶりに書いてみっか。と思ったらこれですよ。

 継続は力なりっていうけれども、本当だねぇ。
昔はこんなにたどたどしい文章書かなかったと思う。気のせいだろうか。
いやでもやっぱ昔の記事見るとまだコレよりマシな気がするの!!

 続くかどうかはともかく、とりあえずこの閉塞感を突破!

 追記。最近ネットで見かけた言葉。

俺らは降り積もる情報に嬉々として埋もれ押し潰される
そいつを知識と勘違いしながら

"たくさん" が幸せや豊かさと同じだとさ

金と銃を持っただけの猿か

- トム・ウェイツ(Tom Waits)

 やっぱトム・ウェイツはなんというかヤンチャだよねぇ。。
というわけでWaltzing Matildaを聴きながら煙草吸って
…やることないし寝るとしよう。

http://www.youtube.com/watch?v=XrkThaBWa5c



 寒いとヤル気が起きないのだ。
暑くても同じである。恒温動物である我々人類は
基本的に東京ぐらいの気温の高低ならば
動けなくなっちまうなんてことはない。
ないが、ヤル気は大幅に削がれる。

 恒温動物と対比されるのは変温動物。
気温によって体温も著しく上下してしまうのだったっけ?
トカゲとかがそういう生き物だったと記憶している。

 ブログを書こうとすると、必然的にタバコを吸うことになる。
となると、部屋の窓を開けなければならない。
時刻は深夜である。当然ながら冷気がドヤドヤと部屋に入ってくる。
猛烈に寒い。指先から順々に感覚がなくなっていく。
するとどうなるかというと、管理者ページを開いたまま
咥えタバコで手をポケットの中に仕舞ってしまう。
やがて寒すぎて書く気が失せ、今日も駄目かぁと思いながら
パソコンを閉じて、ベッドにもぐりこむのである。

 好きでやっていることなのだから、
それくらいはキチッとやりたいのだけれど
これまた好きでやっていることだから
誰にも強制されないせいでサボってしまうのである。
好きって難しいなあと思うのだ。

 仕事を好きなことにするというのは
おそらく地獄なんじゃないかなぁと思ったりした。


 ブラジャーの日
 銀行強盗の日
あと何だったか忘れてしまったが、今日は誕生日なのである。
2月12日。満で26歳となった。

 三十にして立つと中国のえらぁ〜いお方もおっしゃっている。
別に三十歳にして勃起の真髄を見出すという意味ではない。
というお約束のアレを一応かましておきたい。

 十五にして学に志し、三十にして立ち、あとは忘れたが、
確か70歳か80歳くらいまで「こんな人生だぜ」的な話が続くのだが、
文章の内容がいまだによくわからない。

 十五にして学に志す
15歳の時に「学問ということを志してみよう」と思ったのよ、という事だろうか。
 三十にして立ち
・・・30歳にして・・・えぇっと、、、立つって何だ!?
そう思っていたのだが、最近父親がよく言う言葉が
これに由来しているということに気がついたのだ。

 「30歳までに一人前の仕事ができるようになれ」

 これはそのまま「三十にして立つ」に当てはめられるのではなかろうか。
中国のえらぁ〜い人にとっては、親父が言う「仕事」が「学」だったわけだ。
15歳にして「やりたい仕事」を見つけ、
30歳にしてその仕事で一人前になり、生きていけ。
そういうことなのだろう。

 さて、26歳となったいま、30歳までは4年間しかない。
大学と同じである。俺自身は5年間かかっているが、一般的にはだ。
4年間の間に15から30の15年間を凝縮せねばならん。
好きに生きている愚息にとっては、偉大な親父殿の期待は
それ即ち義務である。4年間で一人前にならねばならない。

 以前、いまの人生を
泥酔しながら真っ暗闇の崖っぷちをフラフラしながら追い立てられて
歩いていくフリをしている
と喩えたのだが、ついに崖っぷちを歩いているフリは終わりになる。
崖から対岸へ渡るための細くてボロボロのつり橋を
全速力で突っ走らなければならん。
そんな決意を秘めた26歳の夜。てかここに書いちゃったら秘めてねぇじゃん。



 2年ちょっとメンテをしていなかったギターを、
つい先日しげしげと見てみたら、エライ汚れていた。

 うわぁと思いながらMTRに接続して曲を作っていたのだが、
ノイズがすごすぎて何弾いてんのか自分でサッパリわからん。
これはいかんと思って、メンテナンス用具を探してみたのだが、無い。

 接点復活剤だけ見つかったので、ボディにびっしりこびりついた
ヤニ汚れをクロスで一生懸命ふき取ってから、
ポッドを外して接点復活剤をプシューとふきかける。
これでよし、MTRに接続してギャーン!!

 ・・・ズズズ・・・ブヂッ・・・ビーーーーーー

 直らない。一体何でこんなことに。
あまりにも放置しすぎたために、ピックアップから何から
すべての電気回路がイカレてしまったのだろうか。
もしかしたら内部で虫が巣でも作ってるかもしれない。
あぁゴメンよ。近いうち必ずオーバーホールするから!
 声にならない懺悔を胸に、
まるで重症患者の断末魔のような騒音を出し続けるストラトを抱きしめた。
抱きしめたらひび割れたボディがキチッと鳴った。

 物は大事にせな駄目だね。ということを今日は言いたかったのです。


 先輩が遂に会社を退職する決意をしたようである。

 独り身の私にとってみれば、このタイミングで会社を辞めようと
そう決意した心情のほどは計りきれない。
私はといえば、抱えるものは両親の期待と
一人暮らしの生活費諸々、そんなところだったのだから、
退屈な安定を切り捨てるのに何の後ろ髪を引かれることも無かったのだが、
彼女の一人でもいれば、もしかしたらあの時会社を辞めるなんてことは
無かったのかもしれないなぁとちょっと思ったのだ。

 しかし、大勢からみれば一人の人間が会社を辞めるというのは
実際小さすぎて「へぇ、そう」的な感じなのだと思うのだが、
その当人にとってみれば人生のターニングポイント以外の何物でもない。
会社に入るにしたって、できれば良い仕事と良い仲間に恵まれて
末永くワクワクライフを楽しみたいと思うのだから、
それを辞めるということはそりゃもうデカいのだ。

 喩えるなら、会社に居続ける人生と、会社にいない人生、
その二つがパラレルワールドという二本の線となって
中空をズィーっと走っているとすると、会社を辞めるというのは
その二本の線が限りなく近づいている瞬間だと思うのだ。

 どちらの人生もリアルに考えることができるからこそ、
なんとなくキャリアプランというか、漠然とした将来を見ることができる。
近づいた二本の線、このままこの線に乗り続けるか、
それとももう一方にヒョイと乗り移るか。
場合によっては乗り移るタイミングがその瞬間しかない時もある。

 私はといえば、今現在乗り移っている最中なのだろう。
ジャンプして、いま空中にいる感じである。着地点はまだ見えない。
考える前に飛ぶってのは、本当に何も考えないでやらないといけないんだなぁと
そんなことを考えたりした。

 
 一人称がどうも安定しないのだ。
ふかぁく推察しちゃうと、狭いコミュニティの中で
確立したはずの自己がそれまでの意味を喪失しつつあるか、
もしくは新たな自己を確立するために足掻いている段階なのか。
おそらくは後者なのだと思うのだが、
途中から「うんたらかんたら」で済ませてしまいたくなるような思考である。
ふかぁく考えたつもりが浅瀬で溺れてますよアナタ。
そこ足つきますよ、みたいな感じになる。

 だがこの一人称。これはどうも書いている時、非常にひっかかる。
このブログを始めた当初は「僕」と記述していたように記憶している。
会社に入ってから「私」が主流となり、会社を辞めたらその反動なのか、
「俺」になっている。そして今現在の自分はそれらの過去を全て
ひっくるめたような精神状態にあるので、
「僕」「私」「俺」という三種類のカードを目の前にして、
眉毛をハの字にしている感じだ。因みに「私」は「わたくし」ではなく
「わたし」と読む。
英語なら「I」で済むようなこんな問題にひっかかっちゃって
なんというかモンモンである。

 そんな訳で今日はひとつ、「私」を念頭に置いて、
中島らもについて語ってみようと思う。

 中島らも。コピーライターであり、作家であり、
ミュージシャンであり、なんか色んなことしてる人である。
そんな人を語るにあたって外せないエピソードから。

 大学生の頃、同じゼミにメキシコからの帰国子女がいた。
 初めて会話を交わしたのは、ゼミの新入生歓迎会の二次会が開かれた先輩の家で、
飲んでいるうちに泥酔してしまった彼はメキシコに嫌な思い出でもあったのか、
泣きながら英語で何かを訴えかけてきたのだ。高校生レベルの英語しか話せない私は、
たどたどしい英語を話しながら、朝まで付き合ったのだった。

 そんな初対面だったので当たり前のように意気投合した私達だが、
日本から出たことがない私にとって、彼の語るメキシコの話は
とてつもなく刺激に満ちたものだった。そんなメキシコの話の中で
特に興味を引かれたのが「ロフォフォラ」に関しての体験談である。

 ロフォフォラというのはサボテンの一種で、
インディアンは古来からこのサボテンを儀式に使用している。
身も蓋もない言いかたをしてしまえば、幻覚サボテンなのだ。
彼の住んでいた地域では、シャーマンの認可がないと
ロフォフォラを使用することはできないそうだ。

 彼のロフォフォラ体験は、現地のシャーマン見習いの修行の一環だったそうだ。
黄昏を過ぎた荒野で焚き火を囲みながら、シャーマンが処方するサボテンを食す。
彼も周りの友人も、ドラッグパーティ気分で酒を飲みながら儀式に臨んだそうだが、
このアルコールが良くなかったらしい。
気がついたら、刃物を持って首を切ろうとしている彼を
周囲の友人が真っ青な顔をして取り押さえていたのだ。

 そんな壮絶な体験を聞いて、大学生の私が初めに抱いた感情は「羨望」だった。
バンドでドラムを叩いていた私は、麻薬によるインスピレーションによって
サイケな名曲を書いてきたかつてのスーパーミュージシャン達が憧れだったのだ。
麻薬体験をすれば、私もジミ・ヘンドリックスのようなフレーズが思いつくのではないか。
今思えば、とてつもなく浅薄な発想であるにも関わらず、
当時の私は彼の「ロフォフォラ体験」に、
麻薬体験への衝動をこれでもかというほど揺り動かされたのだ。

 幸いなことに、経験者である彼から
「煙草で満足できるのならそこで止まっておいた方がいいよ」
という親切な指摘も貰っていたので、今では麻薬体験をしてみたいとは思わないし、
麻薬に触れる機会も一切ない。そんなクリーンな生活をしていた筈な私だが、
一度だけ麻薬体験と呼べるような経験がある。

 『頭の中がカユいんだ』という本がある。
著者は中島らも、1986年に大阪書籍から発表された自伝のような小説だ。
会社に就職したての頃、『今夜、すべてのバーで』という小説を書店で
タイトル買いしたのがキッカケで、中島らもの書く退廃的な文章の虜になってしまった。
色々考えた末に自分で選んだとはいえ、会社勤めをしている自分の現状に
言いようのない違和感を感じていた私は、
毎日のように中島らもの小説を読んでは、ウィスキーを浴びるほど飲んでいた。
単純に本を読む行為に加えて、文章に感化されて動く感情の振れ幅が、
酩酊によって倍加されるのが気持ちよかったのだ。

 そんな生活をしていたある日、件の本『頭の中がカユいんだ』を買って帰ってきた。
いつものように酒を飲みながら本を開くと、今まで読んだことのない文体がそこにあった。
普通の文章が続いたあと、突然、単語、熟語が延々と3ページほどに渡って羅列されている。
羅列が終わるとまた普通の文章が続き、またしても羅列。
私はこういう意地悪な文章を見ると、負けるものかとムキになって読んでしまう。
この時も同じで、一文字一文字、目を剥いて必死に読んでいった。

 すると、段々と思考が混濁してきて、体が弛緩しはじめたのだ。
アルコールのせいもあるのだろうが、それだけではない何か
「文字の魔術」のようなものを意識していた。

 煙草の煙が、まるで固形物のように見える。
ウイスキー瓶の口から立ち昇るアルコールの陽炎が見える気がする。
文字の羅列は相変わらず続き、まるで頭蓋を開けられて
脳をデカい刷毛で直接撫でられているような感覚が続いた。

 後に他作品で、彼はあの文字の羅列を「文章でラリることができる様に書いた」
と記している。
言葉もつイメージと音感、リズム、すべてを駆使して、
読者に「文字の麻薬」をばら撒いていたのだ。
私は彼の実験にまんまとひっかかり、深夜の自室でジャンキー化していたのだ。
そう思うと「してやられた!」と思うと同時に、
「中島らもというのはなんて面白いのだ」と感動してしまった。

 文字や言葉というのは、音楽・絵画・彫刻など、芸術と呼ばれるものの中で
一番「伝える」能力に特化していると私は思う。
中島らもは決して卓越した文章力を持っていたり、純粋な文学を書くような人ではないが、
『頭の中がカユいんだ』を書いた彼の考え方や、その波乱に満ちた人生を読むにつけ、
中島らもという人間の匂いたつまでの「人間臭さ」がとても愛おしく思えて、
私は思わず微笑んでしまう。汚さや醜さ、それらを包み込んで
「俺はそんな人間が好きやねん」
と言ってしまえる彼の優しさが、私はとても羨ましいのだ。

 キレイな言葉、スマートな考え方、そういうものよりも、
汚れたものを抱きしめて、それを理解しようと悪戦苦闘しながら身に着ける優しさを、
私もいつか手に入れてみたいと思うのだ。

 おおう。お堅い感じになったねぇ。
いっそ「小生」とかにしたらイナタイ感じになるのかねぇ。



 先日自衛隊の話をしたので、戦闘機の画像である。
でもこれ多分、自衛隊じゃないよね。

 閑話休題。

 外国の文化というのは時として唖然とすることがある。

 以前、友人とたまたま深夜のファミレスでタムロしていたのだが、
深夜らしくテンションはガタガタ。
俺は腹が減っていたにも関わらず、なぜかホウレン草のソテーなんていう
アッサリしたもの頼んじゃって、臨席の音楽業界被れみたいな奴の話を
イライラしながらも聞いていたのだ。
ポツリポツリと出てくる話のネタが、急激に白熱したのは
外国の牛乳についてであった。

 我々日本人は「牛乳」といえばあの紙パックに入ったものを真っ先に思い浮かべる。
や、外国暮らしが長かった人とかは違うかもしれないだろうけど。
だが、外国で牛乳といえばアレだ。
水色のポリプロピレンのデカい容器に入っているアレだ。
正直、あれで牛乳を飲もうとは思わない。
ペットボトルに入っているのでさえどうかと思うのだ。
あんな、「ダウニーかそれ!??」と叫んでしまいそうな容器に入った牛乳なんぞ
俺は絶対に飲みたくないと思うのだ。

 そう思っていたのは俺だけではなかったらしく、
ファミレスに居合わせていた俺の友人も、膝を叩かんばかりの
勢いでもって賛同してくれた。
アルバイト先の女の子も同じで、彼女はオーストラリアに留学経験があるのだが、
あちらで牛乳をダウニーのようなボトルからドッポドポ注がれた時は
やっぱり違和感を感じたらしい。

 ちなみに彼女のホームステイ先では、食器を洗剤で洗ったあとに
水で流す、という処理をしないそうだ。
洗いっぱなし。水が勿体無いからだそうで、
「拭けばいいのよこんなのは!」
そう豪快に笑い飛ばすホストマザーを前に、その子は真っ青な顔をしていたとか
していなかったとか。



 今もまだおそらくあると思うのだが、
千葉県の本八幡にRoot14というライヴハウスがある。
一度だけ出たことがあるのだが、その時は高校生で
ヘニョヘニョのギタープレイをしながらだったので
正直思い出したくない思い出である。実際忘れてしまった。

 そんなRoot14でライヴを見ていた時のことだ。
女性ヴォーカルの4人組みか5人組みだったか。
たぶんツアー中か何かで、地方から(千葉は一応関東圏だから!)
来たらしいそのバンド、MCの合間に携帯を見ている客に、
なんと「注意」したのである。
「いまライヴやってんだから。携帯しまって。」

まるでどこぞのタカビーなイケスカナイ女のようだ。
いや実際そうだったのかもしれない。
ライヴ中に携帯いじろうが便所いこうが、そんなん客の勝手である。
むしろ魅力的なMCが出来ない自分を恥ずべきであるところを、
その恐るべきタカビー女(念のため、「タカビー」ってのは「高飛車」ということです)
客席を指差して、ステージ上から明らかな蔑視を向けたのだ。

 おそらく地元ではそこそこ人気もあったのだろう。
地元のライヴでは客はみな熱狂的で、MCの最中も野次が飛ぶような
そんなイケイケなバンドだったのかもしれない。
それがおそらくヴォーカルの女の子を、あんな「ミュージシャン気取り」
にしてしまったのだと思うのだ。

 慢心はいかんねぇ。
その後、そのバンドが成功したとか、CD出したとかいう話は聴かない。
おそらく解散したんだろうな、と思う。というか解散しててほしい。
あんなバンドが表に出てくるのもゴメンだし、
あのままい続けるのだってゴメンである。
曲タイだって「緑のクマさん」みたいなやつだったし。
・・・書いているうちにイライラが募って来た。
そんなバンドにはなるめぇと思いつつ、今日はこのへんで閉じる。


 
 とある事情で文章を書かなければならなくなった。
期限は一週間である。大学のレポートを思い出しながら、
ワードソフトを起動して・・・固まってしまった。

 書けない。
書かなければならないという強迫観念があるからなのか、
まったく文章が浮かばない。文章どころかタイトルさえ出てこない。
酒の力を借りてやろうと思い、ゴブゴブと飲んでみたところ、
文章が降りてくるどころか考えるのも億劫になってしまい、
どうしようもなくなってパソコンを閉じてしまった。

 朝起きて、昨晩のことを思い出すと憂鬱になる。
かねてから文筆家というのは大変な職業だなぁ
と思っていたのだが、いざ締め切りを切られて「さぁ書いてみろ」
と言われるとやはりキツイ。

 締め切りがある以上、書かなければならない。
中途半端な文章ではなく、渾身の一作を書き上げなきゃいけない。

 ガンバラニャーな。

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