• 2017.06.21 Wednesday
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2016年9月20日。深夜2時。

涼しくなってきたとはいえ、日本列島はまるで戦後赤線の娼婦よろしく

数度の台風を通過させているので、除湿の為のエアコンは必須だ。

 

窓の外では今年5度目になる台風の先触れである雨が降っていて、

31歳のオッサンが独居する、海の近くなのにドブ臭い部屋は

安物のバルコニーに打ち付ける雨音と、

時折通過する長距離トラックの走行音が響いている。

 

オッサンの日常は相も変わらず平々凡々としていて、山も谷もない。

朝起きてシャワーを浴び、8時間労働し、帰宅してサラダ食ってビール呑んで寝る。

そんな生活を続けて約半年になる。

学生の頃、毎日のように飲み明かしていた友人たちもすっかり大人になり、

気付けば1人で過ごす時間が生活の大半を占めるようになった。

 

寂しいと言えばそんな気もするが、オッサン元来静かな生活を愛しているので、

まぁこれはこれでいいかと半ば納得している。

およそ生物というものは大抵が種の保存を目的にその一生を送るわけで、

高次の目的として、より環境に適した存在となるべく進化する、

もしくは環境の方を変革させる、あるいはその両方かもしれないけど、

まーひっくるめて言うと「もっと高いステージへ」

って感じなんだろうと思うんだけども、

翻って自分の存在が人類という種の昇華に貢献出来ているかと言うと

これドでかいクエスチョンマーク出てきちゃう。

かといって「あぁ生きてる意味が無ぇ‼」みたいに悲観的になるわけでもなく。

 

だから最近よく思うのは、何がしか人生に意味を見出すべきなのだろうかという

「ねぇ何で生きてるの?」という残酷な問いをセルフでかまし続ける

非常に精神衛生上悪そうな思考なのである。

で、こういう時ってどっかに吐き出しておいた方が幾分か楽になるので、

誰も見ないけど誰かが見てる可能性がある、シュレディンガー的な要素を含む

このブログに書き記す訳だ。

 

思えばココを始めた頃は、こんなナヨったこと書いて読まれるの嫌だったし、

読む人もそれなりにいたから出来なかったけども、

今となっては丁度いい鬱憤晴らしになっている。

 

姉の高校時代、とある教師はストレスが溜まりすぎると、

校舎の裏手で「タラちゃんですぅー!!!」と絶叫して

鬱憤を晴らしていたのだが、

僕にとってまさにここがタラちゃんスポットなのだ。

毛も生え揃わないガキんちょの頃から本が大好きで、

物語よりもこうしたエッセイ的なものは読むのも書くのも大好きだった。

いっそのこと文筆業で生業を立てるべく勉強するべきだったのかもしれないが、

人生折り返し手間となってはいささかその熱量も無い。

 

何より致命的なのは、今まさにそうなのだけれど、オチが書けない所にある。

やっぱね、好きだけじゃ仕事にはなんねぇだよ。

そんな事を再確認して、今日も寝る。


 31歳になろうが細々と続けて参りますこのブログ。

1日1更新から週一になり、隔週になって月一になり、

もはや年に一回レベルの更新になりつつあるんですが、

偉い人が言うじゃない、継続は力なりって。

あと小学生の先生よく言うじゃない。

頑張りすぎるな、出来るペースでいいから勉強しろって。

 全然関係ないんですが、小学生時代に通っていたメチエ総合ゼミという塾、

「受験に間に合いそうにないんですけど・・・(学力的な意味で)」

という小6ピュア男児の問いに対して、

銀の細いフレーム眼鏡をクイッとしながら

「間に合う間に合わないじゃねぇんだよ。間に合わせンだよ。」

と大人丸出しの回答をしてくれた田代先生、元気かなぁ。

見た目は金融ヤ○ザのようだったけど、中身と話し方も 金融ヤ○ザのようだったから、

きっとあの人は金融ヤ○ザなんだろうと今でも思っている。

 話が脱線しすぎましたが、

つい先日、映画「シンゴジラ」を観にいったんです。

今年に入ってから映画に行く機会が増えて、まぁ全部一人なんですけど。

だいたい毎回、上映ギリギリに劇場に駆け込んでいるので、

先客の前をオジサン宝刀の手刀でもってスイマセンスイマセンと座席までたどり着きます。

で、まぁ座席に座ってもですね、上映まではなんだかんだ10分くらいあるんですよね。

その間に色々と考え事もするんです。

ポップコーンてモソモソ言うから映画の邪魔になんないよなぁとか、

上映中に死んじゃう人とかいるんだろうなぁとか、ゲロ吐いた人いたら座席どうすんだろうなぁとか。

 でですね。人生で初めて観た映画もゴジラだったな、と思い出したんです。

小学生時代ですかね。どこの劇場か忘れたんですが、ゴジラvsモスラが封切られた頃でですね。

父親に連れられて観にいったんですよ。

 その頃の映画館ってのは、今のようなシネコンではなく、スクリーン自体は複数あるんですが、

それぞれでずーっと一本の映画を一日中流していて、途中入場/退出自由な感じの

とてつもなくフリーダムなシステムだったんですよ。僕が行ったトコだけかもしれないですが。

 それでですね、小学生の僕は初めて観る映画、しかもテンションアゲアゲの怪獣映画にあてられまして、

上映中に何度もトイレに駆け込んでゲロ吐いて戻ってくるっていう醜態をさらしまして、

一緒に行った親父さんは都合2回しくらい、小学生向けの怪獣映画を観るハメになり、

普段物凄く温厚なのに、その時ばかりはイライラを隠せておりませんでした。

 そんな事を思い出しながら、あぁせっかくの休日なんだから親父さん誘って一緒に来れば良かったかしらん、

なんて思っていたら、上映始まりまして。

中身のほうはニュースだのSNSだのに諸々上がっておりますので、割愛させていただきますが、

ここ2,3年で観た映画の中で超弩級の面白さでした。

 そんなこんなで終演したんですが、スタッフロール終わったあとに拍手が起きたんです。

映画館で拍手って初めて体験したんですけど、なんか納得でした。そんくらい素晴らしい、

ザ・日本映画な感じでした。

 終演後にみんなゾロゾロ帰ってくわけなんですけど、ここで集団で来てる周りの人々は

ぼそぼそと感想を口にしながら帰ってくわけですよ。

ここで真っ二つに感想が分かれてたんですが、僕と同年代から、それより上の世代の人たちは

手放しレベルの絶賛でした。ずっと観てきたファミリー向けの「怪獣王ゴジラ」の先入観があるから、

今回みたいな骨太のは想定外だったんでしょう。それに加えてあのクオリティじゃ絶賛以外ない気がします。

 対して、中学生高校生の人々はなんというか「や、よくわかんねぇ。」って感じで、

あまりピンと来なかったみたいです。

SNS観てても、若い人ほど「とりあえず石原さとみ可愛い」ぐらいしか言わんし。

いや可愛いんだけどね。そりゃそうだよ。しかも英語バリバリしゃべっちゃってんだから。

でもきっと、最近の(つっても結構前だけども)ゴジラを観てからだと印象変わるのかも。

 今年はこれから先も話題作が目白押しなので、アホになるくらい映画観にいきたいと思います。

 …終わり方絵日記みたい。


 最近よく思うのは、20代の頃にあった人生に対する気概というかやる気というか、
アクセル踏み切っても「わぉ。ちょっと怖いけど快感」みたいな感覚が無くなっているなーという事。
 「あれやってみたい、こうなってみたい」みたいな事柄に対する執着心が、
深夜に推敲しまくったラブレターの消しカスよろしくチョロチョロになっている。
「なりたい自分」「実現したい夢」とかそういうものを原動力として、向こう見ずなテンションで
猪突猛進していた自分が確かに数年前にいたはずなのに、
振り返って思い出そうとしてもまるで他人のことの様に感じてしまう。

 別にそれでいいっていうのなら何の問題もないのだけれど、それがヤバイと思っちゃってるからこそ、
何かふわふわした危機感を感じるのだ。ふわふわした危機感て全然あぶなくなさそーじゃんとか思う無かれ。

 気付かないうちに自分を動かしていた熱量がどんどん冷めていっているっていうのは、
梅雨時にアホみたいに食いまくってイザ海へ!となったら想像以上にFATな自分が鏡に映っていて
視界ネガポジ反転しちゃうくらいヤバイと思う。
 おそらく数年後のある日突然気付くんだろうと思う。俺は何も成し得ていないってことに。
いつか何か納得できる、自分の人生に記念碑みたいなものが出来上がるんだろうって。
 そんなことを漠然と思っているだけで、ただただ毎日を食っちゃ寝て仕事してるだけでは
記念碑なんておっ建つわけもないのに。

 音楽やったりナレーションしたり、執着できる何かを見つけられたと思ったのだけれども、なんだかそういうわけでもなかったようで。
数年前の写真をなんだか素直な気持ちで見直せなくなってしまっている。

 無理矢理ひねり出して書いたらすんげー暗いんだけども。ともかくこれが30歳の自分の現状なんだな。
また数年後に見返して、あーだこーだ思うんだろうけれども、それはそれ。
結局日々を頑張るしか残っていないのだと思う。
全然関係ないけどやっぱりバンドやりたい。
なんか結局そういうことなんだろうなぁ。。

 まだ毛も生えきらないガキンチョの頃。
両親の実家である北海道に、法事やらで何度か北海道へ行った事がある。
今は諸事情で手放してしまった母の実家は、小奇麗な呉服屋だった。
正月の三が日は店を閉めているのだが、それでも緊急の要りようがある場合は
店を開けて、その年に一番最初に売上げたお金は金庫に仕舞わず、
熨斗紙(のしがみ)に包んで神棚に上げていたそうだ。

 俺がお邪魔するようになった時は、ギリギリまだ営業していたので、
子供用の靴を買ってもらった覚えがある。
雪が降ると一階の玄関は使えなくなるので、二階にも簡単な玄関があり、
雪の日なんかは二階の玄関から大はしゃぎしながら遊びに行った覚えがある。

 関東地方に雪の予報が出た今日、昼間から冷たい雨が降った割には予報ははずれ、
夜は曇り空に極寒の空気が漂っているだけである。
 先日、「ゼロ・グラビティ」という映画を観て来た。
宇宙には空気が無いから、温度は存在しないのだろうか。
でも何でか、凄く寒そうに思えてしまう。

 2001年宇宙の旅とかでもあったけど、あの虚無そのものみたいな空間を
なんにも出来ないままで漂い続けるって、きっと数時間で発狂しちゃうと思う。
夢にだって見たくない。なんだって地球はこんなみょうちきりんなトコに浮いてるんだろうか。
もっと何かお手軽で楽しい感じの世界がブワーっと広がっていたら、
もしかしたら人類は今よりも遥かに遠くまで行っていたかもしれないのに。

 と、考えたところで、それじゃあアポロ計画やガガーリンの感動なんて無くなっちまわぁな
と思い直した。俺らの周りには、何か神様的なヤツが用意した破天荒な高さのハードルがあるのだね。
そして人類は何とかかんとかして、それを越えていこうとしてる。
神様って、きっと人類の理想形なんだろうなあ。
 

 何も書かなくてもアクセスされているのは何でだろうって思いながら、管理者ページを開く事数十回。
ネットワークの発達とか云々かんぬんで、フェイスブック等のSNSが3件、瞬間日記なるアプリも含めると、
自分が日々感じる感情を文字にして吐露する場がココを含めて5,6箇所ある状態。
大体は書いては消しの状態なので、前までここに書いてたみたいに「消さずの垂れ流し」ではないんだけれども、
それでも5箇所以上のこういうスペースをコンスタントに日々埋めようとすると、どーしたって無理がある。

 以前はこのブログだけでも毎日の更新なんて無理だったんだから、それを思えば今の状態は飽和しすぎといえる。
例えるなら バイキング形式(ビュッフェスタイルとかいうオシャレっぽい言い方するの凄い抵抗ある)で
ソーセージだけ山盛りでどんどん食ってる状態。好きなんだけどそんなにいらねぇよ。と。
でも選んでるの自分な訳で、今俺の目の前のテーブルには山盛りのソーセージがデデンと鎮座ましまして、
ホカホカの湯気を立てながら刻一刻と冷めて行ってるわけである。

 このソーセージを無理矢理食い続けたらどうなるかっていうと、まぁ普通は途中でやめるよね。
今がちょうどその状態な訳だ。それを更に無理して食おうとするとゲロ吐いたり、おなか壊したりしちゃう。
ブログやツイッターで言うところの、闇ツイートとかネガティヴブログって奴か。
そんなゲロみたいなもんを大量生産してちゃ、何も書いてないのにアクセスしてくれてる人に申し訳ない。
頭剃り上げてお詫びして、逆立ちで放尿しながら飲尿しちゃうくらい申し訳ない。しないよ!
まあ気をつけててもゲロの代わりにゴミみたいなもんしか書かないんだけど。

 因みに大放置している間に時はグングン流れ、今は2013年を越えて2014年の1月6日なのです。
昨年の年末は仕事が立て込み、2連休をアタマとケツにして8連勤、ほぼ朝から晩まで働いていた。
月が残る真っ暗な早朝に家を出て、陽が出てる内は屋内で仕事し、また月が天高く昇る頃に帰宅し、
3時間後にはまた月が残るうちに家を出る。そんな生活。8連勤終わった後も同じような日々で年を越し、
さすがに体力が持たなくて正月にぶっ倒れてしまい、元旦は一日中寝込むという何とも悲惨な年明けだったのだけれど、
終わってみればよく頑張ったんだろうなと思う。喉もと過ぎれば暑さも忘れるというし、
大怪我をして爆発するように泣いてる子供も翌日には爆笑しながらサッカーやってるのと同じような。
要するに成長してねーんだな。と思いながら、今日も明日もいっぱいいっぱいな表情で自転車にまたがり、仕事に行くのだ。
バンドやりてえ。

 長文って、暫く書いてないとホントに下手糞になるんだな、と思いながら終わり。次はいつになることやら。
 


 一回休むと全然書かなくなるのがブログとか日記とかってものなんだろうと思う。
大体がここにしたって、当初は大学時代のブログブームにのっかって
毎日顔合わせるようなメンツと何故かブログでコミュニケーションを取るという
何だか奇妙なところから始まり、
丁度いいからってバンドの宣伝に使おうと思っていた1年ちょいくらいを経て
今では存在意義なんてものペラッペラにない訳である。

 インターネッツの片隅にゴロゴロしているゴミデータの一つとして、
今日も今日とてゴミを増やすのだ。
いやどちらかというと、文字通り筆不精なので日記なるものを書かないせいか、
ここが日記みたいなものなんだろうなぁと漠然と思うのだ。
眼が効くまでの年齢までは、ここを見返してちょっと楽しもうって魂胆だ。

 なんだかんだで来年29歳になる。色々どうしたもんかと思うんだけど、
どうしようもないもんってどうにもならないもんだろうなって
そんなクソみたいな考え方になっちゃったのって、きっと歳のせいなんだろうなぁ。
20前半の時って、やたらヤル気だけはあったきがする。
だんだん角が取れて丸くなってきたんだよって言われたらそうなんかもしれんけど、
俺の場合は単純に腑抜けてきただけなんだと。思うのだ。
腑抜けはイカン。腑抜けちゃったら人生つまらんもの。
いっぱい笑っていっぱい泣いてって人生のほうがいいと思うのだ。
俺は何を書いているのだ。

 歳ってやーねぇっていう話でした。


 梅雨入りしちゃったそうである。

 いやすごいね梅雨。ゴイスー。何がゴイスーってもうすんごいミスティ。
ミスティっていうかウェッティ。
頭のてっぺんから足の先まで、しとどに濡れそぼっている感覚。
濡れそぼっているとかいうとそこはかとなくエロいが、全然エロくない。
学生時代はこの時期にニット帽とかかぶっていたのだと思うと、
ホント気が狂ってたんじゃねぇかと思う。サマーニットじゃなくて、
普通の冬用のニット帽だったのだ。
くっさいことこの上ない。

 だがしかしだ。梅雨でウェッティということが役立つ事が一つ。
それは筋トレである。

 筋トレって冬場にやると本当に辛い。
何が辛いって、この年になると気温が低いっていうだけで
筋がピッキピキつりまくる。筋トレなんてしようもんなら大変。
何とか緩和しようと事前にストレッチするも、ストレッチの段階で
これでもかというほどグリグリと身体が謀反を起こすのだ。

 しかし、梅雨のこの時期だけは違う。
いー感じに身体もあったまっているので、つる心配が無い。
その上、尋常じゃないほどの汗をかくのが良い。
半端ないくらいの「やってるぜ俺!」感があるのだ。

 というわけで筋トレした後なので披露困憊である。
あれね。1年間で培った筋肉って、放っておくと半年で贅肉にコンバートされるのね。
気をつけよう。デブは急に始まるよ。
 


 なんだかんだで仮免許取れました。
大した事ではないので諸々はすっとばしますが、
いずれにしろ教習期限過ぎているので、仮免再入校って事になりますぁな。

 もう少しで梅雨入りってやつだろうか。
前回の記事で「夏じゃ!夏がやってきたぞい!」と歯抜け老人のようなテンションで
ゴイゴイ言わせていたのだけれど、俺すっかり忘れていた。
夏ってばその前に梅雨あるじゃんね。

 年をとるごとに、日中に降る雨ってのがどんどん憂鬱になっていく。
が、夜に降る雨ってのはちょっと好きだったりする。

 寝入りばな、外でシトドに降る雨音を聴きながら
だんだんと身体が落ちていく感覚、すごく好きである。
夜の雨音って何であんなに落ち着くんだろうか。
あと秋虫の鳴き声。あれも格別である。

 なんとかがんばって書こうとしたけど、ネタがねぇ。
唯一のネタが仮免なんだけれども、俺にしては珍しく頑張っちゃったので
なんだか疲れちゃった。寝ます!


 夏が近づいている。

 日を追うごとに日中の気温は上がり、太陽ビームはジリジリと肌を焼く。
熱燗にのろけていた時期を捨て去り、ついに冷酒をキュッとシメル季節がやって来る。
その名は夏。夏って漢字いいよね。白地に赤の明朝体で「夏」なんて書かれちゃった日にゃ
もう大変ですよ。富嶽三十六景ばりの大波の絵とかコラボしちゃったら最強。
麦わら!ビールジョッキ!ガリガリ君!太陽!ワンピース!(服の方)
そんなアイテムがどどんどどんとせり出して来るのだ。

 ここ数年で熱燗の大ファンになってしまったせいか、
居酒屋に行くと「関さんは熱燗でしょ!?」とか「今日は熱燗まだっすか?」
なんて言われてしまうのだけれど、そんなに熱燗ばっかり呑んでたっけか。
確かに冬場の熱燗+焼き鳥の組み合わせは素晴らしい。
その気持ちよさにかまけて暴飲暴食の挙句、せっかく痩せてきた肉体を
見事にリバウンドさせつつもある。

 だがしかしだ。地球が夏モードになろうっていうのに熱燗はちょっとキツイです!
あと店員さんも冷酒頼んだのに熱燗持ってくるの止めてください!
誰だこっそり「熱燗にしてあげてください」とか言ってる奴ぁ!!
ホットスナックにしてやろうか!

 そういやですね。先日とあるコンビニでおやつ買ってったんですよ。
おにぎりとフライドポテトとフライドチキン。
レシート何度も確認しましたよ。大学受験失敗した瞬間の高校三年生並みに。
どう見ても俺の持っている袋の中にフライドチキンないんですよね。
鶏肉マニアの俺はもうガッカリどころじゃないですよ。
そこからどうやって帰ったか思い出せないくらいショックでしたよ。
しかもレジ担当してくれた店員さんは結構古株なのにね。。

 でもしょうがない。客商売やってる自分から見ても、
終電間際のコンビニの多忙さは殺人的である。
おそらくは客が全部ベルトコンベアの部品に見えているんじゃなかろうか。
鶏肉の一個や二個見逃しちゃうだろう。しょうがないのだ。

 ここまで書いてて思い出したんだけれども、
呑んだ後に駅前のコンビニでホットスナック買い食いするの、
学生の頃からずーーっとやってんなぁ俺。


 表題はポカリスエットのキャッチコピー。いつのだったっけか。。

 以前組んでいたLucy Peat Gliderというバンドのギタリスト、ヒカルくんが
昨日結婚式を挙げまして。俺もご招待に預かり、参列してまいりました。

 子供の頃とかは純粋にキラキラした場所で綺麗に着飾った人達が
オトナ〜な感じのパーティをやっている。っていうイメージで、
結婚式の意味合いとかそういうの全く関心無かったのだけれども、
この年になってみてようやく、結婚式の楽しみ方が解ってきた。

 楽しみ方というか、ちょっと穿った見方なのかもしれない。
新郎新婦よりも、その親御さんを見て感慨にふけるのが何ともいえない。
俺たちはせいぜい中学生あたりから知り合った新郎or新婦を、
ご両親は当然のことながらオギャアの瞬間から知っているわけである。
いかに面白おかしい、または紆余曲折な関係を新郎or新婦と築き上げていようとも、
ご両親のそれとは比べるべくも無くである。オムツとか替えちゃってるんだもの。
良いとこ悪いとこ全部ひっくるめて愛し合っている仲なのであるからして、
そんな子供が一人前に結婚し、その晴れ舞台を一歩引いた所から見る。
それってもうホント言葉にならないんだろうなぁ、と。
いつも結婚式のたびにそんなことを、主に新郎の父親の背中や横顔を見ながら思うのです。

 結婚式っていいね。新郎新婦以外にもスポットあてると、
ハナレグミの「家族の風景」がよく合う。そう思ったのでした。


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