• 2018.10.03 Wednesday
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 昼過ぎ。

切らしてたのを思い出して煙草を買いに町へ出る。

彼岸過ぎの田舎町は平和そのもので、

ブランコで遊ぶ子供が公園でキャッキャ言ってたり。

南北を台風で挟まれてる現実はなんだか実感出来ない。


 小高いところにあるコンビニに入る。

店内も外と同じく平和そのもので、

数少ないコンビニなんだからもう少し混んでていいんじゃないかと

余計な心配をしてしまう。

「5番の上の黄色い煙草ください」

このコンビニ、ワタシが吸ってる煙草にナンバリングされてないので、

いつもこんな頼み方する。

会計の段になって、今月から値上げしてた事を思い出し、

別に何をミスったわけでもないのに、バツの悪い苦笑いをしてしまう。

それを見た店員さんが「ワタシが若い頃は二百円くらいだったのにねぇ」なんて気遣ってくれるから、

こっちは更に苦笑いするしかない。


 別に良いのよ値上げしても。人様にご迷惑お掛けしてる分、迷惑料みたいなもん。

でもビックリするよね実際。

ちょっとした悪夢でも見てる気分で店を出る。

これを機に銘柄変えようか、でもどうせ戻すんだからいいか。

そんな事考えながらまた歩く。


 2919年だか20年だかの3月にマヤ暦が終わるから、

そこで世界は終わるんだって聞いたけど、

今のところ世界は良いも悪いもどうでもいいも引っくるめて、

ダイヤモンドとゴミとプラスチック満載のメリーゴーランドみたいに回ってる。


 でも、せっかく知り合いに子供産まれたり育ったりして幸せそうだし、

今終わるのは嫌だなぁってちょっと思いながら、

値上がりした煙草に火をつけてみる。


なんも味変わんねぇ。



 30を超えたあたりから、いよいよ日々が消化試合の様相を呈してきて、

何か感じたり思ったりした事もインスタントに処理されて

寝る頃には何も残らずに意識を手放すような状態である。


 人生標準的に流れたとして、残り約4,50年程あると思うと

意外と残り時間多い気はするんだけれども、これまで積み重ねた物を

少しづつ忘れていっている気がする。

暫く合っていない知り合いの顔だの名前だの、

ちっちゃい頃の他愛もない生活の思い出とか。


 これを読んでいる人がいるならば少し試してみてほしいのだけど、

小学生時代のある日一日を漠然と思い出して、

何か習慣的な思い出だったり、無意識に影響を受けた事なんかを思い出せるだろうか。


 なんだか未来を考えるよりも過去を思い出す事が多い人生な気がするし、

大学卒業してからクソつまらん文章しか書けなくなった気がする。

最近公開してるプーさんの実写版でも観に行ったほうがいいのかも。


 そういやプーさんがヌイグルミだっていうの、つい最近まで知らなかった。

クリストファーロビンの妄想ワールドの話なのはなんとなく知ってたけど、

ベースは生命体なんだと思っていた。

アイツ中身ワタなんだね。



 休日に一切外出ない生活が続いている。

イカン。なんかわかんないけどイカン。

いや別に悪くは無いんだろうきっと。

駆けずり回りの仕事で疲労してるんだし、休日は家でダッラーっとしてても。

 だがしかし、なんか損した気分になるのも事実。

「だがしかし」って打つと「駄菓子菓子」って予測変換されるんですが、

ナニコレ。携帯会社のダジャレ?


 ともあれ、出不精がこじれまくっているのか、

外出するんだったらそれこそ終電まで外います!位の予定が無いと

重い腰が上がらん自分がいるので、

とりあえず鉛筆買いにブラッと出て、タバコ吸って帰ってくる位でもいいから外出ないとね。


 幸い接客業の休日は皆さんの平日なので、

色んなところが軒並み空いてる訳です。

電車乗ってちょっと遠出とかもいいかもしれぬ。

下半期の目標。そとでる。


 ところで鉛筆って使わなくなりましたね。

書いてる最中のあの何とも言えない匂い、結構好きです。

バカなりに勉強してる気分になれた気がしてた。成績という結果は伴わずですが。

 大人になると何故だかボールペンばっかりで、

子供の頃は勉強教えてくれる大人がノートに色々書いてくれるのが

ボールペンだったのがなんか気に食わなくて。

たぶんあれ、消しゴムで消せないからでしょうね。

自分のモノであるノートに、他人が消せない何かを刻んでくのが癪だったのでしょう。


 なんか自分の今までの人生を省みると、

ノートにボールペンで書かれるの嫌がってた子供が、

今度は自分の生活に爪痕残されるの嫌がってるようで、

なんか俺って成長してないんだなぁってふと思います。


 ちょっとした反省も踏まえつつ、夜が明けたら何かしに外出る!とりあえず!



 上野とかでよく見るアレ。

ケバブってあるじゃないですか。

あの肉ってどう言う状態なんだろうって常々思ってたんですよ。


 デカい枝肉をそのまま串にブッ刺して成型したのか、

はたまたバラ肉をグルグル巻き付けてってあの形にしたのか。


 誰にも言わずにいたんですが、

ついこの間クハラカズユキさんのブログに同じ事書かれてて、

あぁよかった。俺だけじゃないんだ!ってちょっと安心しました。


 「月極駐車場」を何て読むのか分からなかったり、

 領収書の「上様」って実際どう書くのかよく知らなかったりしたあの頃の気持ちを

なんとなくまた味わえた気がします。


 結局ケバブ肉が何なのか分からずじまいですが。


 前回の記事で「ギターのメンテするんじゃい」なんて鼻息ブーブーでしたが、

 蓋を開けてみたら午後2時まで爆睡してて、何も出来なんだ。

サラリーマンの休日って気を抜くとすぐにこうやって過ぎていく。


 人生で一度しか経験出来ないけど、なんかショボいものは「今日」

そんな標語を目にして、さもありなんってな感じでフムフム言ってたけど

 標語どストレート鋭角でワタシにぶっ刺さってます。

そのままグルグル回されながら遠火でジックリ焼かれちゃうんだ。

俺がケバブでケバブが俺で。

そんな事思いながら寝ます。明日は仕事。


 船橋で暮らしていた頃。

と言っても今年の初めだけども、

近所にタイムズの駐車場があり、毎晩22時頃に仕事終わりで通っていた。

 手にはコンビニで売ってる猫用のおやつ。

鰹とか帆立をささみ状にカットしてあるヤツ。

 そこの駐車場に大体黒猫が居て、通りかかる近隣住民からオヤツを貰ってて、

ワタシもそんな人の1人だった。


 いつ頃から餌付けし始めたのか憶えてない。

いつの日からか、通りかかると

「ニャー」っつってその猫がテクテク歩いてくる。

首輪してたから家猫なんだろうけど、肌の状態が良くなくて、

なんかイボみたいのが沢山あったのを憶えてる。

 警戒心が無くて、近寄っても逃げるどころか身体を擦り寄せてきて、

なんだか保護欲みたいのが湧いてしまった。


 実家に身を寄せてからも、何度かその駐車場を通りかかってはみるが、

あの黒猫をついぞ見かけない。

体調を崩して家にいるのか、あの警戒心のなさだから何か事故ったか。

 無事で居てくれる事をたまに願う。


 そんな一日。



 シングルコイルがいいかハムバッカーがいいか

はたまたアクティヴピックアップにしてゴリゴリ言わすのか。

 高校生の頃はそんな事考えてたのを急に思い出しまして。ギターのピックアップの話。


 高校生時分はメロコアが主流だったこともあって

ハムの太くて力のある音が良かったのだけど、大学生になって少ししてから今までずっと、

どんな音にも埋もれないシングルの、あのシャキシャキ感って素敵!ってな具合に

もーずっぽりFender派です。


 勝手なイメージなんですが、

ハムバッカーはメシで喩えるとハンバーグなんですよ。

 濃厚で力強くて、みんな大好き!でも太るよ。みたいな。


 対してシングルはセロリ。何をどうやったところでクセェ。

どこに置いたって目立つ味。調理無しの単体でも酒のツマミになっちゃう。

あとなんかヘルシーな気がする。でも好き。


 なんかこう個人的に気持ちいい音が、

ドラムがドッカンドッカン鳴ってて、ベースが安定しながらもツボってて、

乗っかってくるのがシングルギターの「セロリだぜ!」感。

 ヴォーカルは頑固な和食料理人って感じ。

それがなんつーかロックっぽい気がするのです。

書いてて自分でもナンジャコリャですが。


 たまにはエレキギターで大きな音とか出してみたい。

そんな欲求がムッシュムラムラムクリん坊なので、

明日辺りケースから出してメンテしようと思いながら寝る。



 みんな大好きスマホですが、ワタクシあれ、フリック入力とかいうの。

あれが途轍もなく苦手である。


 道行く若者達が親指でもってフワンフワンやりながら文章打ってるのを

驚愕半分眠気半分で「すんげー」って見てしまう。

 こちとら「あ」って押してから何か予測キーボードみたいなのが出るまで待たないと、

「い」とか「え」とか打てない。

 上に弾いたらiの母音であるとか、何かしらの法則性があるのだとは思うのだけど、

そんなん憶えるくらいなら今まで通りキーボード入力でいいと思ってしまう。


 最近、仕事場でよく思うんですが、なんだろね。ヤル気の有る無しって。

自分自身の話じゃなくてですね。同僚とか後輩のね。

 そら人間だもの、ヤル気ない時だってあるし、

「いやー仕事入ってるけどこの日は遊びたいねん!」

って日もあるでしょうよ。俺だってある。

 だがしかしだよ。その気分のまま気怠げ満載のナマケモノ宜しく仕事したり、

挙句の果てにはズル休みしたり、「遊びたいんで仕事入ってるトコ休みにして」って言ってきたり。

 なんかこう…モヤっとするわぁ。。仕事じゃろがい!ってなるわぁ。


 でもこのご時世。

なんか言おうもんならすぐにパワーでハラスメントされちゃったイヤン

ってな感じで、こっちにお咎めが来る。

色々堪えて仕事してる我が身が急にど阿呆に見えて来る。

 ど阿呆にならん為に、全員が

「いや今日ダルーいわぁー」

って仕事するの許容出来る社会になったらいいな

出来たらいいな。あんな夢こんな夢いっぱいあるけど。


 ドラえもんが出現したら真っ先に泣き付きたいのは、

スペアポケットでもタケコプターでもどこでもドアでもなく、

 大金とそれを使える時間!とか言っちゃう位には大人になり下がった。

と思う。

 道具の手を借りてインスタントに全て解決するのではなく、

金と時間という選択肢を手に入れて、

見える範囲の現実で目一杯「好きにやってる感」を味わいたい。

そんな気分。


先日久しぶりに、数年ぶりにCDを買ったんですよ。the birthdayのベスト盤。

 棚に並んでたのは普通のアルバムサイズの箱に、ジャケットがカラーコピーしてある、

よくレンタル屋とかで見かけるアレ。

「本体はレジにありますので、こちらをお持ちください」ってヤツ。

 レジに持ってったら、店員の姉ちゃんが「少々お待ち下さい」って言って裏に引っ込む。

戻ってきた姉ちゃんが持ってる本体見てビックリですよ。

ドイヒーにクリビツです。

パッケージ、LP入ってんのかってくらいデカい。

「こちらで宜しいでしょうか」

とか言われて、瞬間固まってしまってた自分に気付く。

乾いた声で「はぇい」みたいな事をようやく返せたんですが、

帰りしなに大学時代、先輩に借りたTHE YELLOW MONKEYのベスト盤のケースを

ウチの犬が割ってしまった事を思い出し、

あれは死ぬまでに弁償しなければと決意した次第。


にしてもthe birthday、アルバム「TEARDROP」でワタシ止まってたけど、

すんごくメロディアスになっててビックリしました。好きです。


 5月にライヴしたっきり、バンドはまたも休止中。

1人だけ底辺接客業のエセドラムが居るせいで、

皆さんのスケジュールの足を引っ張ってるのが歯痒いんですが、

折角全員生きてんだし、細々とでもやっていきたい今日この頃。


 2018年9月11日未明。昨夜半に土砂降りだった雨は小雨になり。

 夜に降る雨の音って入眠BGMにいいよね、秋虫も鳴いててヴェリグッド

てな事を思いながら、お久しぶりでした。

おやすみなさい。


2016年9月20日。深夜2時。

涼しくなってきたとはいえ、日本列島はまるで戦後赤線の娼婦よろしく

数度の台風を通過させているので、除湿の為のエアコンは必須だ。

 

窓の外では今年5度目になる台風の先触れである雨が降っていて、

31歳のオッサンが独居する、海の近くなのにドブ臭い部屋は

安物のバルコニーに打ち付ける雨音と、

時折通過する長距離トラックの走行音が響いている。

 

オッサンの日常は相も変わらず平々凡々としていて、山も谷もない。

朝起きてシャワーを浴び、8時間労働し、帰宅してサラダ食ってビール呑んで寝る。

そんな生活を続けて約半年になる。

学生の頃、毎日のように飲み明かしていた友人たちもすっかり大人になり、

気付けば1人で過ごす時間が生活の大半を占めるようになった。

 

寂しいと言えばそんな気もするが、オッサン元来静かな生活を愛しているので、

まぁこれはこれでいいかと半ば納得している。

およそ生物というものは大抵が種の保存を目的にその一生を送るわけで、

高次の目的として、より環境に適した存在となるべく進化する、

もしくは環境の方を変革させる、あるいはその両方かもしれないけど、

まーひっくるめて言うと「もっと高いステージへ」

って感じなんだろうと思うんだけども、

翻って自分の存在が人類という種の昇華に貢献出来ているかと言うと

これドでかいクエスチョンマーク出てきちゃう。

かといって「あぁ生きてる意味が無ぇ‼」みたいに悲観的になるわけでもなく。

 

だから最近よく思うのは、何がしか人生に意味を見出すべきなのだろうかという

「ねぇ何で生きてるの?」という残酷な問いをセルフでかまし続ける

非常に精神衛生上悪そうな思考なのである。

で、こういう時ってどっかに吐き出しておいた方が幾分か楽になるので、

誰も見ないけど誰かが見てる可能性がある、シュレディンガー的な要素を含む

このブログに書き記す訳だ。

 

思えばココを始めた頃は、こんなナヨったこと書いて読まれるの嫌だったし、

読む人もそれなりにいたから出来なかったけども、

今となっては丁度いい鬱憤晴らしになっている。

 

姉の高校時代、とある教師はストレスが溜まりすぎると、

校舎の裏手で「タラちゃんですぅー!!!」と絶叫して

鬱憤を晴らしていたのだが、

僕にとってまさにここがタラちゃんスポットなのだ。

毛も生え揃わないガキんちょの頃から本が大好きで、

物語よりもこうしたエッセイ的なものは読むのも書くのも大好きだった。

いっそのこと文筆業で生業を立てるべく勉強するべきだったのかもしれないが、

人生折り返し手間となってはいささかその熱量も無い。

 

何より致命的なのは、今まさにそうなのだけれど、オチが書けない所にある。

やっぱね、好きだけじゃ仕事にはなんねぇだよ。

そんな事を再確認して、今日も寝る。


 31歳になろうが細々と続けて参りますこのブログ。

1日1更新から週一になり、隔週になって月一になり、

もはや年に一回レベルの更新になりつつあるんですが、

偉い人が言うじゃない、継続は力なりって。

あと小学生の先生よく言うじゃない。

頑張りすぎるな、出来るペースでいいから勉強しろって。

 全然関係ないんですが、小学生時代に通っていたメチエ総合ゼミという塾、

「受験に間に合いそうにないんですけど・・・(学力的な意味で)」

という小6ピュア男児の問いに対して、

銀の細いフレーム眼鏡をクイッとしながら

「間に合う間に合わないじゃねぇんだよ。間に合わせンだよ。」

と大人丸出しの回答をしてくれた田代先生、元気かなぁ。

見た目は金融ヤ○ザのようだったけど、中身と話し方も 金融ヤ○ザのようだったから、

きっとあの人は金融ヤ○ザなんだろうと今でも思っている。

 話が脱線しすぎましたが、

つい先日、映画「シンゴジラ」を観にいったんです。

今年に入ってから映画に行く機会が増えて、まぁ全部一人なんですけど。

だいたい毎回、上映ギリギリに劇場に駆け込んでいるので、

先客の前をオジサン宝刀の手刀でもってスイマセンスイマセンと座席までたどり着きます。

で、まぁ座席に座ってもですね、上映まではなんだかんだ10分くらいあるんですよね。

その間に色々と考え事もするんです。

ポップコーンてモソモソ言うから映画の邪魔になんないよなぁとか、

上映中に死んじゃう人とかいるんだろうなぁとか、ゲロ吐いた人いたら座席どうすんだろうなぁとか。

 でですね。人生で初めて観た映画もゴジラだったな、と思い出したんです。

小学生時代ですかね。どこの劇場か忘れたんですが、ゴジラvsモスラが封切られた頃でですね。

父親に連れられて観にいったんですよ。

 その頃の映画館ってのは、今のようなシネコンではなく、スクリーン自体は複数あるんですが、

それぞれでずーっと一本の映画を一日中流していて、途中入場/退出自由な感じの

とてつもなくフリーダムなシステムだったんですよ。僕が行ったトコだけかもしれないですが。

 それでですね、小学生の僕は初めて観る映画、しかもテンションアゲアゲの怪獣映画にあてられまして、

上映中に何度もトイレに駆け込んでゲロ吐いて戻ってくるっていう醜態をさらしまして、

一緒に行った親父さんは都合2回しくらい、小学生向けの怪獣映画を観るハメになり、

普段物凄く温厚なのに、その時ばかりはイライラを隠せておりませんでした。

 そんな事を思い出しながら、あぁせっかくの休日なんだから親父さん誘って一緒に来れば良かったかしらん、

なんて思っていたら、上映始まりまして。

中身のほうはニュースだのSNSだのに諸々上がっておりますので、割愛させていただきますが、

ここ2,3年で観た映画の中で超弩級の面白さでした。

 そんなこんなで終演したんですが、スタッフロール終わったあとに拍手が起きたんです。

映画館で拍手って初めて体験したんですけど、なんか納得でした。そんくらい素晴らしい、

ザ・日本映画な感じでした。

 終演後にみんなゾロゾロ帰ってくわけなんですけど、ここで集団で来てる周りの人々は

ぼそぼそと感想を口にしながら帰ってくわけですよ。

ここで真っ二つに感想が分かれてたんですが、僕と同年代から、それより上の世代の人たちは

手放しレベルの絶賛でした。ずっと観てきたファミリー向けの「怪獣王ゴジラ」の先入観があるから、

今回みたいな骨太のは想定外だったんでしょう。それに加えてあのクオリティじゃ絶賛以外ない気がします。

 対して、中学生高校生の人々はなんというか「や、よくわかんねぇ。」って感じで、

あまりピンと来なかったみたいです。

SNS観てても、若い人ほど「とりあえず石原さとみ可愛い」ぐらいしか言わんし。

いや可愛いんだけどね。そりゃそうだよ。しかも英語バリバリしゃべっちゃってんだから。

でもきっと、最近の(つっても結構前だけども)ゴジラを観てからだと印象変わるのかも。

 今年はこれから先も話題作が目白押しなので、アホになるくらい映画観にいきたいと思います。

 …終わり方絵日記みたい。


 最近よく思うのは、20代の頃にあった人生に対する気概というかやる気というか、
アクセル踏み切っても「わぉ。ちょっと怖いけど快感」みたいな感覚が無くなっているなーという事。
 「あれやってみたい、こうなってみたい」みたいな事柄に対する執着心が、
深夜に推敲しまくったラブレターの消しカスよろしくチョロチョロになっている。
「なりたい自分」「実現したい夢」とかそういうものを原動力として、向こう見ずなテンションで
猪突猛進していた自分が確かに数年前にいたはずなのに、
振り返って思い出そうとしてもまるで他人のことの様に感じてしまう。

 別にそれでいいっていうのなら何の問題もないのだけれど、それがヤバイと思っちゃってるからこそ、
何かふわふわした危機感を感じるのだ。ふわふわした危機感て全然あぶなくなさそーじゃんとか思う無かれ。

 気付かないうちに自分を動かしていた熱量がどんどん冷めていっているっていうのは、
梅雨時にアホみたいに食いまくってイザ海へ!となったら想像以上にFATな自分が鏡に映っていて
視界ネガポジ反転しちゃうくらいヤバイと思う。
 おそらく数年後のある日突然気付くんだろうと思う。俺は何も成し得ていないってことに。
いつか何か納得できる、自分の人生に記念碑みたいなものが出来上がるんだろうって。
 そんなことを漠然と思っているだけで、ただただ毎日を食っちゃ寝て仕事してるだけでは
記念碑なんておっ建つわけもないのに。

 音楽やったりナレーションしたり、執着できる何かを見つけられたと思ったのだけれども、なんだかそういうわけでもなかったようで。
数年前の写真をなんだか素直な気持ちで見直せなくなってしまっている。

 無理矢理ひねり出して書いたらすんげー暗いんだけども。ともかくこれが30歳の自分の現状なんだな。
また数年後に見返して、あーだこーだ思うんだろうけれども、それはそれ。
結局日々を頑張るしか残っていないのだと思う。
全然関係ないけどやっぱりバンドやりたい。
なんか結局そういうことなんだろうなぁ。。

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